かぞくとおかねと人生と

不安と向き合い家族と歩む日々の記録

沖縄、昔の思い出

 

2日間に渡り沖縄出張の記録を書いたが

ふわっと昔の記憶が蘇り懐かしくなった。

 

私が初めて沖縄の地に立ったのは

社会人2,3年目の「20代半ば

だったと思う。

(年老いてきて若干記憶が曖昧、笑)

 

大学時代から

MONGOL800(モンパチ)

BEGIN

などのバンドが好きで、

 

いつか沖縄に行きたいな

と思っていた。

 

社会人になり、自由に使える余裕資金も

少しは捻出できるようになったので

夏休みを利用して沖縄に行くことにした。

 

でも一人だと心細い・・・

 

弟が近くにいれば声をかけたけれど

弟はオーストラリアに留学中。

 

(その時、彼女はいたかな?いなかったかな??)

 

考えた末に、

仲の良い「いとこ」に声をかけてみた。

 

私の4つ下で大学生の彼なら

暇なんじゃないか?

 

併せて、

押しに弱い優しい性格の彼なら

という読みで。

 

幸いにも(案の定?)、

いいよ」という返答をもらえたので

男2人で行くことになった。

 

大学生でお金もない彼のために

飛行機代か、ホテル代は私がもったかな。

 

沖縄では

昼はレンタカーで観光スポットを巡り、

ビーチで泳いで、シュノーケリング体験も。

 

夜はお互いお酒が好きなので、

泡盛をしこたま飲み、沖縄名物を食す。

 

それはそれは楽しい

泊3日の旅」だった。

 

若かりし日の良き思い出。

 

そんな懐かしい記憶から

久しぶりに彼に連絡をとってみた。

 

母方のいとこである彼とは、

母の存命中は毎年必ず親戚が一堂に会す

新年会で顔を合わせていたのだが、

 

母が亡くなり、彼の母(私の母の姉)が

調子を崩して以来、新年会の開催もなくなり、

 

それぞれに結婚し、家庭をもった頃から

自然と疎遠になってしまっていた。

 

今はどうしているのだろう・・・。

 

メールの返信を心待ちにしていると

1日経過してから返信が着た。

 

メールには近況が書かれていたが、

 

「父母の介護」

「共働きで仕事と家庭の両立」

「子供3人の育児」

 

忙しい日々の状況が記されていた。

 

そうだよね、

お互いにもう「40代」、

20代のあのころとは違う、

 

自分1人の身軽な状態ではない、

家族への責任、社会への責任が

重くのしかかる年齢だ。

 

優しい彼のことだから

文句や愚痴も言わずに

黙々と日々を頑張っているのだろう。

 

お互い頑張ろう!」という

なんとも微妙な返信をしてしまったな。

 

落ち着いたら家族みんなで会おうよ

この一文を添えて。

 

いつかまた、お互い笑って

沖縄の地に立てるといいな・・・。

 

さはら